賢者は、話すべきことがあるから口を開く。
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愚者は、話さずにはいられないから口を開く。
プラトン
深い言葉だなあと思いつつ、話すべきこととって何かな?というのが、ワタシの疑問。
大きく人生に関わること、命に関わること、将来に関わること、家族に関わること、大切な人に関わること、仕事に関わることなどなど、いろいろと話すべきことってあるような気がしています。
近年では商談前に雑談を話すことで緊張を解すアイスブレイクなんて言葉もあり、それはまさに商談を成立させるための話すべきことと言えそうです。
では、他愛もない話はどうでしょうか?
コンビニで発売された新商品の話は?
確かに、コンビニの商品の話なんて知らなくても、生きていけます。
だから、話さなくても良いことなのかもしれません。
そう考えると、生きることに関係したことが、話すべきことなのかなとも思えます。
でも・・・、生きるべきことだけしか話をしない家庭環境ってどうでしょう?
かなり会話が制限されてしまって、息苦しいような気もします。
そうなると、世の中に話すべきではないことって、無いのかな?って思ったりもしたのですが、ワタシ的にはきっと、人を卑下するような話とか、馬鹿にするような話が、話すべきではないことなのかもしれないかなって。
例えば、ワタシが以前勤めていた会社の社長は、飲み会になると必ず部下の過去の失敗を笑い話として話します。
ワタシはこの話を聞くのがとても嫌でした。
なので、これは話すべきことではないように思っています。
なぜなら他者を馬鹿にして笑い者にすることで、自分の評価を相対的に上げている行為だからです。
また、その社長は自分の自慢話ばかりしていました。
自分はどれだけ凄いのか、どれだけ偉いのかというのを滔々と語るわけです。
多少の自慢話というのは、悪いことではないと思います。
人間、誰しも他者に認めてもらいたい、つまり、承認欲求があるからです。
ただ、その社長は「俺をもっと尊敬すべきだ」と口癖のように言っていました。
ここまで来ると、ちょっと辟易してしまいます。
皆さんはどう考えますか?
他者を馬鹿にする話や自慢話は、話すべきことなのでしょうか?